なめらかな書き跡

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弟の夫(1) 田亀源五郎

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名作と聞いていて、書店にいったら積んであったので買ってみました。

娘と二人暮らしの弥一のもとへ、ずっと没交渉だった双子の弟、涼二の「夫」マイクが訪ねてきて――、そこからはじまるお話です。
涼二は故人で、マイクは亡き夫の生まれ故郷を訪ねてきた、という流れ。

弥一はなんというか、とってもふつうな中年の男で、弟の夫、つまりゲイであるマイクとどう接していいのか戸惑いつつ……たぶんそのうちにゲイに対して理解を深めていくんだと思いますが。

なんというかちょっと、昔の「美味しんぼ」を読んでるような気分でした。

私は山岡さんが栗田さんと結婚したあたりまでしか読んでないのでその後は知りませんが、当時の美味しんぼはすごくはっきりした勧善懲悪というか二元論のお話が多かったんですよね。

作者の主張を代弁するキャラがとにかく正しいことを言っていて、それに対して視野が狭かったり粗野だったり無知だったり差別意識丸出しだったりする悪者役の小物が徹頭徹尾間違ったことをぶちあげる。それを山岡さんなり海原雄山なり、とにかく「正しい」側が徹底的に論破して、相手はぐぬぬぬ・・・となって退散したり「知らなかったよ、なんて僕は愚かだったんだ・・・!」と蒙を啓かれたりするわけです。

この「弟の夫」において、「正しい」のは主人公の娘、小学生の夏菜です。

彼女はまだ同性愛という概念を知らず、「えーっ!男と男が結婚できるのーっ?」と目を丸くし、できる国とできない国があるんだと聞かされると「へんなのーっ!」とじつに無邪気な、ある意味無神経な素直な反応を示します。
弥一は夏菜の「へんなのーっ」に「そうだよな、男同士で結婚とか変だよな!」と返す自分、というシナリオを頭の中に描くんですが、あにはからんや夏菜の次のセリフは「国によってちがうなんてヘン!」。これによって、弥一の「男同士で結婚するなんて変だ」という「間違った」主張を「正しい」(そして無邪気で無神経な)「国によってちがうなんてヘン」のひとことで粉砕するわけです。

こういう構図があらゆるところに出てくる。

なので、私はすごく、かつて美味しんぼを読んでたころの微妙なもにょり感と思い出しながら読んでました。

それともう一つ、なんだかリアルなのに絵空事っぽい。

弥一は決して、本当にマイクの前で「男同士で結婚なんてヘンだろ」みたいなことは言いません。大人ですもんね。
でも、頭の中ではことあるごとにシナリオを描きます。初対面の時、マイクにいきなりがばっと抱きつかれて、心の中では「放せホモ!」ときっぱり(?)突き放すのに、現実では「おいちょっと、悪いんだが」と濁す。

みんなやりますよね、これ(笑)
頭の中のせりふが本音で、相手に本当に言いたかったりする言葉だったりしても、でも実際に口にするのはもっとマイルドだったり、真逆の、心にもないことだったり。
みんな世間体だとか体面だとか子供の手前だとか、いろいろ都合があって本音は言えないわけです。
たいへんにリアルです。

だからこそ、私はちょっとこのお話、できすぎてるなあと思います。

つまり、弥一の本心は「放せよホモ!」であり、「男同士で結婚なんかヘンだろ!」なんです。
風呂あがりには、いつもパンツいっちょなのについマイクを意識して服を着てしまいます。同性愛者は同性を見れば自動的に発情するわけじゃない、ということはわかっていても。
外で夏菜と遊ぶマイクをご近所さんに「どなた?」と聞かれて弟の夫ではなく、「弟の友人です」と言ってしまいます。

これは、すごく普通なことだと思います。

LGBTに対する偏見を根強く持ってる人って、たくさんいますよね。

自分が差別意識を持ってる自覚がなくても、自動的に植わってる人は多いと思うんです。
弥一はたぶん、その典型的なキャラとして描かれてるんじゃないかと思います。

だから彼は悩みます。

マイクを家に泊めることになって、またしても夏菜に「マイクはパパの義弟夏菜のおじさんでしょ?パパのいとこが遊びに来た時は泊まってけって言ったでしょ?(同じでしょ?)」とぐうの音も出ない無邪気な正論にざっくり斬られます。
で、「もしこれが涼二の奥さんだったら、俺は彼女を家に泊めることを考えただろう」と自省するわけです。

一事が万事そんなかんじで、弥一はことあるごとに「LGBTに対して狭隘な偏見を持っている醜い自分」を発見して、「正しく」ふるまえないことに良心の呵責とかを感じるんですが。

なんか、展開が早すぎる気がするんですよね。 

それこそ抱きつかれて「放せホモ」って思っちゃうぐらい、ちゃんと?LGBTへの偏見を持ってそれなりの年数生きてきてるのに、娘に無邪気に「いとこは泊めたんだからおじさんを泊めるのは当然でしょ」って言われただけで「そうだよな……」ってそんなにあっさり思うものなのかしら。
そこで「それは正論だ。それはわかる。でも俺には抵抗がある」ぐらいのひとあがきを心の中でするのが、人間ってものじゃないのかなあ、と、思うのです。

まだ1巻ですからこの先揺り戻しみたいなものがくるのかもしれませんが(連載は読んでません)マイクに対しての内心の反応とかはすごくリアルなのに、ゲイに対して蒙を啓いていく流れがちょっときれいごとすぎるかなあ、と。

 

もともとゲイカルチャーの世界で活躍していたかたが、一般誌でゲイを主題にしたまんがを連載する、それが可能になった、というのは、とても素晴らしいことだと思います。

ゲイが主人公で一般誌のまんがというとよしながふみさんの「きのうなに食べた?」が有名じゃないかと思いますが、「なに食べ」は基本、料理まんがですし、よしながさん自身、出自と言っていいかわかりませんが、もともとはいわゆる「腐女子」「BL」と呼ばれる領域の人で、その中では比較的「ボーイズラブ」よりは「ゲイもの」をずっと描いてきた人ではありますけれど、ゲイカルチャーの世界からきた人ではないので、やはり田亀さんの一般誌進出はとても大きな一歩だと思います。

そういう意味でも、また、本当は田亀さんがお話をどこへ持っていこうとしているのかという意味でも、今後の展開を楽しみにしています。

そしてなんとなく、あっという間に実写ドラマ化とかされそうな気が。
最近のドラマ業界の引き出しのなさったらひどいので、話題ならなんでもかんでも飛びついてきそうで。
この作品がきてれつなアレンジとかまったくイメージを覆すようなキャスティングとかでレイプされないことを祈ってます。